馬場曲輪を出て石階段を降りていきます。途中に馬場曲輪からの排水路が。
【馬場下曲輪】。
このあたりから儀式用と思われる土器が出土しているそうです。
馬場曲輪東側の大堀切の下にある【月ノ池】。
水の確保が重要な山城では池や井戸を儲けることはよくありますが、このようにがっちりと石垣で囲まれた円形の池は珍しいですね。しかも山頂近くでどこから確保しているのか不思議なほど水量豊か。
月ノ池から北に向かって伸びる【大堀切】。
尾根伝いに攻め入ってきた敵をここで食い止めるためのもので、城内の堀切でも最大規模です。
月ノ池の脇を通ってさらに進むと【大手虎口】。
総石積み、金山城の特徴をもっともよく表している場所です。
大手通路。右手の石垣の上に【大手虎口南上段曲輪】、正面の石垣の上に【日ノ池】などがあります。
大手通路南側、【大手虎口南上段曲輪】に上ってきました。井戸、兵士詰所兼武器庫と考えられている小屋が復元されています。
右奥の高い場所は三の丸。なぜか上れないようになっていました…
復元された小屋の中は発掘中の写真などが展示されています。
小屋の床の穴から建物跡の石敷きの状態が観察できます。
さらに東へ進んで、【日ノ池】。
戦勝や雨乞いの儀式が行われたと考えられています。
周囲には井戸もあります。
本丸にむかって上って行く途中にある大ケヤキ。高さ17m。
本丸跡には【新田神社】があります。
本丸(天主曲輪)東端。
右手前に砲弾らしきものがありますが、周辺に説明書きが見ありませんでした。
城時代ではなく明治以降の近代砲のものに見えるのですが。
本丸にならぶ社。
パンフレットや案内板に記載がなく、また道も目立たないのですが、この写真の一番奥の社の脇あたりから天主曲輪の裏に降りられます。
たまたま来ていた地元の中学生っぽい子たちが降りていくのを目撃しなければ気付かなかったよ!
天主曲輪裏、古い石垣が残っている場所。
日ノ池まで観て帰ってしまう人が多いようですが、古城好きなら見逃してはいけないポイント。
野面積みの古い石垣が観察できるのは、一般公開範囲ではここだけだそうです。
野面積み。石の最長辺を奥行き方向に使っているため、ゴボウ積みという別名もあるそうです。
【天主曲輪裏馬場】。
山中でも伝令用などに馬は使われていたそうです。馬は音に敏感な動物のため、静かな天主曲輪の裏手に馬小屋が作られていたそうです。
天主曲輪裏の【武者走り】。ここを一周して大ケヤキ近くに出られます。
道を戻って日ノ池脇から【南曲輪】へ。
休憩所(飲物の自販機あり)、トイレなどがあります。休憩所で100名城スタンプゲット。ネットには『開放スペースにあるので状態が悪い』という情報があったのですが、僕が行ったときはキレイに押せました。運良くインクを補充したばかりだったのかな。
かなりゆっくりあちこち観ながら来たので、タクシーを降りた場所からここまで1時間以上かかりました。
南曲輪には中島知久平の像があります。
中島知久平は、戦闘機『隼』『鍾馗』や爆撃機『呑龍』設計・製造、重爆撃機『富嶽』の計画で有名な中島飛行機の創設者で、太平洋戦争時にはいちはやく米軍による本土爆撃の危険を指摘した人物。政治家としても活躍しました。
群馬県太田市の出身なんですね。
南曲輪から大手虎口南上段曲輪を見下ろしたところ。
南曲輪からは富士山が見えるらしいのですが…全面にうっすらと雲がかかりまったく判別できず。
ここからは舗装道路を通って最初の場所に戻ります。
斜面に木材で組まれた【桟道】。
最初の西矢倉台西堀切を下るとここにつながるのですが見学者は通れません。舗装道路からは全体が見られますので、帰りに忘れずに立ち寄りましょうw
駐車場にある見晴台。
見晴台からの眺め。
帰りは麓まで歩いて下りました。
途中にある発掘調査中の斜面。これだけだとかつてどんな姿だったのかちょっと想像しづらいのですが…。
この後、車道に沿ってではなく斜面を突っ切る山道で下りました。麓にある金山城ガイダンス施設まで17分。車道に沿うと道のり2km弱なので、大して時間の短縮になっていません。舗装されて歩きやすい分、車道に沿って降りてきた方が疲労は少なかったかも知れません。
金山城ガイダンス施設。むやみに斬新なデザインの建物(笑)三連休だというのに空いています。展示の他、金山城の紹介ビデオが観られます。
100名城スタンプはここではありません。
城を観ずにスタンプだけ集めたい人には不便でしょうが…。
