2009年08月01日

二本松城〜その2

いよいよ本丸・天守台へ登ります。

二本松城本丸跡平面図.jpg

現地掲示板の本丸跡平面図。
これを参照しながらここから先の写真をご覧下さい。

二本松城自刃の碑.jpg

本丸へ登る手前。
【丹羽和左衛門、安部井又之丞自尽の碑】がありました。
戊辰戦争による二本松城落城に際して自尽した両人の供養塔だそうです。

解説掲示によると、

    『床几(腰掛け)に腰を下ろし、軍扇を膝の上に広げ、
      割腹した後内臓を軍扇の上につかみだし前屈みになって絶命した』

と伝えられているそうです。
そこまで詳細に書かなくても…と思うのですが、
当時は『死に際にそこまでできる』精神力が賞賛に値するとされたのでしょうか。

他にも城内にはこのような戊辰戦争時の犠牲者の碑がいくつも建てられていました。

二本松城本丸虎口.jpg

本丸への上り口、桝形虎口。
かなり幅が広くつくられています。
二本松城本丸全景・南角より.jpg

本丸南西の端(上の図の左下)からみた本丸全景。
正面奧が天守台、左手が西櫓台、右手が東櫓台です。

二本松城本丸全景・東櫓台より.jpg

今度は東櫓台上(上の図の右下)からみた本丸全景。
5枚つないでパノラマ化したので少し歪んでいます。
東櫓台の石垣が丸みをおびているようにみえるのはそのためです。

二本松城たぶん安達太良山方向.jpg

天守台より、安達太良山の方を見た…はずなのですが、
あいにくの天候で雲に隠れて山は見えず。

二本松城本丸全景.jpg

天守台より見下ろした本丸全景。
外周に沿ってベンチが並べられ、全体が見晴台のようになっています。

二本松城本丸天守台.jpg

本丸の中心付近から見た天守台。

二本松城本丸西櫓台.jpg

本丸から見た西櫓台。
天守台よりもずっと小さいことがわかります。

二本松城本丸虎口2.jpg

虎口を本丸側から。
2回直角に曲がらないと本丸に入れない構造になっていることが判ります。

二本松城本丸石垣2.jpg

本丸石垣を東側から。
一番手前に突き出ているのが東櫓台、右手奥で出っ張っている部分が天守台です。


他の遺構も見て回るため、下りでは上りとは違うコースを辿って行くことにします。

二本松城古い石垣.jpg

これは、本来は本丸の石垣の下に隠れいていた石垣です。
二本松城ではもっとも古い石垣で、『穴太積み』という、慶長初期の石垣だそうです。

本丸の近くに移築展示されています。


【本丸下南面大石垣】
少しくだったところにある、これも『穴太積み』の古い石垣です。
基底部の幅21m、高さ13mの大きな物です。

上の方に見えている白い石垣が本丸石垣です。

二本松城日影の井戸.jpg

【日影の井戸】
さらに下ったところにあります。俗に【底なし井戸】と呼ばれることもあるそうです。
深さ16m、いまでも水が湧いています。

この【日影の井戸】と、千葉の【月影の井】、鎌倉の【星影の井】を合わせて【日本の三井】と称されているそうです。

二本松城あじさいの道.jpg

そこから山中の道を進んでいきます。
木のチップが敷き詰められていて歩きやすい道です。
まわりにはアジサイがきれいに咲いていて散策に良さそうですが、
見学のメインルートからは外れた道で人気がまったくないのが恐くもあります。

二本松城土井晩翠歌碑.jpg

二ノ丸を一気に横断して、城址公園の西の端…に来たはず。
先ほど見た【智恵子抄歌碑】のある位置から下ったところに、土井晩翠の歌碑がありました。

    『花ふぶき 霞ヶ城のしろあとに
        仰ぐあたたら 峰のしら雪』

二本松を訪れた晩翠が花吹雪の中を散策しその情景を詠んだ歌…だそうです。

二本松城三ノ丸.jpg

また東へと抜ける道を通って適当に歩いていたら(おいおい)、
突然、上りの時も通った三ノ丸に出てしまいました。
三ノ丸は菊人形展のため工事中。
次に来るチャンスがあったら菊人形展の時期がいいかなぁ…。

二本松城箕輪門内側より.jpg

というわけで、帰りはちゃんと正門からでることに。
【箕輪門】を内側から。

二本松城石垣の上のアカマツ.jpg

箕輪門周辺には松が多数植えられてます。
中には樹齢300年を超えるものもあるとか。
写真は石垣の上のアカマツ。

二本松城箕輪門外から.jpg

箕輪門をでたところ。
立派な城門。
なぜ入るときに判らなかったんだろう(笑)

【箕輪門】と言う名前は、箕輪村山中にあった樫の大木を主材としたことからつけられたそうです。…でも戊辰戦争で焼失、いまあるのは復元されたものだそうですが。ちなみに建築費用は2億円だったそうです。

箕輪門から下っていく途中に、【大城代内藤四郎兵衛戦士の地】の碑。
『城門を開いて敵勢に切り込み、獅子奮迅の末壮絶な戦死を遂げた』
とありました。

二本松城箕輪門.jpg

一番下まで降りてきました。
右手奥の広場は【千人溜】と呼ばれ、藩兵が集合する場所だったそうです。
手前右寄りにあるのは【二本松少年隊の像】。

少年隊士は13〜17歳。
よく見ると右の隅に座った女性の像が写っているのですが、これは我が子の出陣服に過門を縫い付ける母の像だそうです。

二本松城少年隊の像.jpg

少年隊の像を近くから。
大砲、鉄砲、刀、と有効距離のまったく違う武器が混在しているのが…
像のための虚構、と言い切れないのが日本人の戦争感覚なんだよな…

像の近くには解説音声を聞くためのスイッチ。
一通り聞いてみましたが、かなり悲惨な状況だったようです…。

二本松城地図.jpg

二本松城の全体図です。
本丸に存在しない巨大な建物が描かれていたり、逆に【大石垣】前の道やアジサイの山道がこの地図には描かれていないので利用時には注意して下さい。

〜〜

【二本松城】
別名【霞ヶ城】
福島県二本松市郭内
JR二本松駅より徒歩20分で箕輪門、箕輪門から本丸まで徒歩30分
標高差100m近く登るので、靴などはそれなりの準備を。

#Wikipediaに『駅から入口まで20分、入口から本丸まで徒歩15分』と書かれていますが、
#それを書いた人はどんな健脚なんでしょう…

見学随時、入場無料


posted by MAX CARTER at 13:10 | Comment(0) | TrackBack(0) |
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
・サイズの大きな写真は複数の写真を並べて合成したものなので、接続部で色合いが違う・わずかなズレが生じている・全体的に湾曲していることがあります。
・このブログは個人が旅行・見学の感想を書いているものであり、記事中に登場する各施設の公式なコンテンツではないことはもちろん、記事中に明記されていない限り各施設を運営する団体・職員とも一切関係ありません。
・価格、所要時間、展示内容その他記事中で紹介されている事項は変更されている場合もあります。必ず各施設の公式サイト等でご確認の上、お出かけください。
・本ブログ記事の情報を利用したことにより直接的あるいは間接的な損害が発生したとしても、当ブログ著者・サイト管理者は一切責任を負いません。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。